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2007年2月
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2007年2月24日(土)
お弁当の日

お兄ちゃんは 今日はお弁当の日。
お父さんも おにいちゃんのお弁当の日だけ お弁当を作ってあげます。(めっちゃ えらそう・・・)

レイナは 今日は朝から ビクッとなる発作が 多く、最近特に テレビを見ているときになって、 眼が悪い分 テレビから20センチぐらいのところで見るので ビクッとなってテレビで頭を打って ひどいときはその 反動で 後ろに ゴロンとこける。
車での移動、お風呂・・・最近 また 増えてきた。

木曜日に 視覚教室で 書見台を買ったので それでお絵かきをして遊びました。
やはり 明らかに 大胆に絵を描くことができるし買って正解。
特に 最近は 「じーじー書く」と 自分で お兄ちゃんのクレヨンを出してきていたので これからもっと楽しめると思う。
以前に 写真で紹介した 書見台は 後ろの画板のようなところが いろいろなものに(黒いタイプなど)に 交換できたりと機能がたくさんあるもので、とってもいいのだけれど、その分 値段もいいので(1万円は余裕で超えます) 今回は 少しお手ごろな、ただ 高さ調節ができるだけのものにしました。
どうせ、お絵かきとかで ドロドロに汚すだろうし 消耗品と考えて、今回は少しだけ 手ごろなタイプにしました。(でも 8000円ほど)


2007年2月23日(金)
大学病院 眼科

愛知に ERG(網膜電図)を 撮りに行ってから 初めての眼科。

朝、早めにでて受付をしたのは9時45分。診察が始まったのは11時半でした。
眼科は これぐらいの待ち時間で 短いほう。

まず この間 書いてもらった障害者手帳の申請書の 日付が レイナの誕生日以降でないと 今申請しても 3歳になったときに 再認定になるので 書き直してほしいと伝えました。
これは 前にも伝えていたし、視覚教室の先生からもお願いしていただいていたんだけど・・・
急いでいるのは 医療費が かかること(眼科以外)。
眼科は 特定疾患があるのでいいけれど 他の科での診察もいろいろ(小児慢性や 自立支援)あっても 医療費はかかる。
手帳をもらったからといって 医療費がかからなくなるわけでもないが、級によってはかからなくなるので 申請して うまくいけば レイナはいろいろな 医療費の心配をしなくてよくなるから、乳児医療が3歳できれてしまうので 少し急いでいたんだけど、やはり 先生には伝わらない。
眼科は 眼科以外のことに 配慮も くそもない。(まあ、診療科が 分かれているから仕方ないが、小児科は 体全部を見るところなので 小児科と眼科の医師の考え方が明らかに違う)

愛知でのERGの結果を詳しく話してもらった。
まあ、詳しく話してもらう内容も Alstrom症候群としての網膜色素変性症の特徴を話してくれた。
それは 私の知っていることで それがレイナにしっかり当てはまったという結果です。
Alstrom症候群の網膜色素変性症は 一般的な網膜色素変性症と少し違うので その辺を 医師がより理解してくれたから まあ、よし。
いままで、言葉で伝えても 「ん〜」と 言っていただけだから。

そして 今度アメリカの会議に行くにあたり、今までの診察結果と 検査結果がほしいと伝えました。
愛知でとった ERGの検査結果と そして いく直前に 眼底の写真を撮ることになりました。
眼底は 先生が覗き込むことはあっても 写真を撮るのは初めてです。
年齢が低いから ちゃんと撮れるかわからないと 言われたけど 気合で撮る!!

最近は 濃いほうの眼鏡しか使っていないけれど それでいいとのこと。
薄いほうの眼鏡は 眼鏡の度が あっているか調べるときに使うので 受診のときは持ってきてくださいとのことでした。
今回も 持って行っていたので 度があっているか見てもらいましたが 大丈夫のようでした。


帰宅後、町内の歴史あるお寺で お祭りのようなことがあり、地域の少年補導委員をしている私は そのお寺のパトロール(といっても 腕章をつけてブラブラ歩く)があり、15時から 一時間ほどお寺内を歩きました。
このお寺では 御影(盗難・災い除け)をこの日に いつもなら 山の上のお寺でもらわないといけないのですが ふもとでもらえるということもあり 大勢の方がこられます。
餅上げ力奉納というものもあり すっごく大きな鏡餅を持ち上げて 時間を競います。
約1100年の歴史があるとされているそうです。 
ブラブラパトロールついでに 御影を買って帰りました。

今日は あまりにも疲れて 子供たちと一緒に寝てしまいました。

2007年2月22日(木)
視覚教室

今日は いつもなら お集まりのあとの リズム遊びは 母子分離なのですが 「いつもがんばっている姿をお母さんに見てもらおう」ということで 見ることができました。
火曜日は 年齢が少し低いので リズム遊びも一緒ですが 木曜日は 一緒じゃありません。
そして していることも少し違いました。

木曜日は 光を感じているぐらいのお友達が3人ほどいるので 先生のタンバリンの音を聞きながら歩くお友達もいます

はじめに 一列にならんでから 歩き出したり、また 次の曲で するときも もう一度 一列にならんだりと なんでもないことですが まっすぐ お友達の後ろに並ぶことは 見えていない子供たちにはとっても難しく、また もう保育園・幼稚園に行っていることもあり 大切なことです。

「おふね〜は ギッチラコ〜♪」と 手をつないで すわって体を前後に動かす 遊びでは 火曜日なら、母親か先生とします。

木曜日は 「○○くんは 誰としたい?」という 先生の問いかけに 
「●●くんとしたい」 
 『じゃあ ちゃんといってごらん』と 先生に促されて お友達をさそったり そして誘われたほうも 「ぼくは △くんとしたいから ごめんね」など お友達同士での 気持ちのやり取りもしていました。

今回 レイナは この木曜日のグループでは 少し知的発達が遅れているので まだ、いまいち お友達としたいということなどは 意思表示がありませんでした。
「いや」は いうそうですが、誰がいいという 指名はできないようです。

アヒル歩きというようなこともしていました。
しゃがんでそのまま 歩く。 これは レイナはできません。(おなかが 出てるから? 足が太いから?)
多分、レイナは 腹筋背筋が まだまだ 未発達のようにおもいます。
なので まだ しゃがむことも 上手じゃないので しゃがむ+歩くは 高度。

お母さんの時間は 今日は 視覚教室から(というよりかは ライトハウス)の 内職のおさそい。
ライトハウス内は 視覚障害者の施設ということもあり いろいろな授産があります。
そこに来た内職ですが かなりの量で いろいろなところで 手分けして取り組もう。ということに ライトハウスでなったようです。

そして お母さんの時間に いつも みんなで 年間何百円という単位ですが お金を出し合って コーヒーを飲んでいます。
内職を お母さんの時間で暇のあるときに ただしゃべっているのではなく、内職をしながら しゃべって、その内職代を コーヒー代にしたらどうですか??と 視覚教室の所長からのおさそい。
これは どの曜日にも聞いてから するかしないか 決定するそうですが、今日は お試し・・・と いうことで みんなで 話しながら してみました。
気がつけば 分担していて 流れ作業になっていて 意外としていました。



夜はまたまた、Sandraさんからメールが来ていて 航空券の予約をしてくれて フライトスケジュールをメールしてくれました。
なんと・・・
関空からバンクーバーへ そして 乗り換えて デンバーへ また乗り返して ダラス・フォートワースに着くという・・・
直行便じゃなかった・・・(費用を出してもらうんだし 文句はいえない。いけるだけで幸せ)
でも、ド素人が 飛行機の乗換えが スムーズにいくかしら???
普段 車移動の夫婦が 電車の駅でさえ どきどきするのに。

もちろん、帰りの便も 同じスケジュールです。
いまから いっぱい調べて ちゃんと乗り換えできるようにしないと。
案内が 英語なんやから・・・ 


夜は 小児科のN先生にメールをしました。
実は何日か前に アメリカのAlstrom症候群を研究しているところの方が N先生宛に 今度のカンファレンスの招待状を送ったと Sandraさんからのメールに書いてあり 一応 私は 先生にメールで 
「飛行機代ぐらいしか 私たちは負担できないし 先生も たくさんの患者の一人にそこまでできるとは思っていないし、正直 これから先 先生が 医者をしている間に Alstrom症候群の患者を診ることは 0パーセントに近いから 断られても仕方ないと思っているから」と 先に伝えていました。

先生も「少し 考えさせてください」というお返事でした。
私は すぐ 断られると 思っていたので 少しびっくりしました。 まだ 先生に アメリカから 手紙も来ていないということも あったからかもしれないけれど。
でも まあ、無理だろうと 思っているので、今日は今まで 受診した病院や 受診した科の 先生に 
『Alstrom症候群の会議にいくので カルテの内容(もちろん英語で)と検査結果が ほしいので 先生から手紙をいろんな先生に用意してください』と お願いのメールをしました。
5月まで時間があるといっても 今までのレイナのカルテは かなりの量だし かなりの検査結果があるから 早めに お願いしないとね。

どこまで 今まで診察をしてくれた先生方が カルテの内容や 検査結果を くれるかわからないけれど (かなりの量があるから・・・しかも 英語・・・) アメリカの研究所に提出するものだということで お手紙を書いてもらうお願いをしました。  
N先生には いつも 急に 邪魔くさいお願いばかり 私はしてしまう・・・
先生、わざとじゃないからね〜。

2007年2月21日(水)
Nのママ

今日は 急遽 Nのママが うちにきました。

少し 悩み事を聞いたり 解決策をねったりと しているうちに べらべらといろんなことを話していました。
子供たちが 帰ってきたり お迎えが会ったりで 11時半から14時半までぐらいしか いれませんでしたが たまにしか あえないので 充分長く感じました。

レイナは 今日は ほんとうなら 視覚教室の視力検査の予定だったので 一時保育の予約はいれていなかったので 一日家に いましたが Nのママに『あそぼ、いっしょにあそぼ』と くっつきっぱなしでした。

Nのママは 私の高校時代の友達で どんなときでも 変わらず、そして きっと しわくちゃなおばあちゃんになるまで 友達でいると思います。
そして Nのママは レイナのことで 「大変やな」とも 「がんばれ」とも いいません。
レイナが 病気であるということを 無視(いい意味で)してくれます。
それは きっと 私の性格を知りすぎているから。
慰めのことばも 励ましの言葉もないことが 一番の友達であることだと 最近思います。

2007年2月20日(火)
視覚教室

今日は 保育園交流の日でした。
いつもは 視覚教室のみんなが 保育園にお邪魔させてもらうのですが、今回は 保育園のお友達が 教室に来てくださる日。
いつもと ちがう教室になるだろうと おもったので ちょっと 早めに教室に着くようにしました。

お集まりをしてから いつもはお母さんとバイバイで、母子分離なんですが 今日は 保育園のお友達が来る前に バイバイしないといけないので タオルかけや用意が済んだら すぐバイバイしました。

そして、私も 普段なら お母さんの時間ですが パスポートの申請に必要な レイナの眼科の診断書を 取りに、教室を抜けさせてもらって 病院にいきました。

申請に診断書が必要と 先生に話したときに ちょうど、今 特定疾患の申請書と障害者手帳の申請書を 記入してもらっているので それをコピーして もっていったら?といわれたので 今週の金曜が 外来にもかかわらずいきました。
明記していないといけないこと・・・「羞明(眩しがる)」 「昼盲」 「遮光レンズの眼鏡をしようしていること」
これが ポイントであると 思ったので 両方の申請書をコピーして もって行くことにしました。

保育園との交流も 少し覗けたら・・・と 思っていたけれど 教室に戻ったときは もう終わりぐらいで、しかも レイナが 入り口近くにいて 見ていることがバレそうなので こそっと お母さんのお部屋に入りました。

今日の交流は お友達が いっぱいいても 場の雰囲気を楽しんでいたそうですが、やはり レイナの周りに あまりにも人が集まると どうしていいかわからなかったり 圧倒されて 少しその場から離れたりしたそうです。
そして、お友達が『レイナちゃん』と 言ってくれると 喜んで手をつないだりしていたそうですが、急に 手を近づけてこられると
「いや」となっていたそうです。



教室が終わったら パスポートの申請に向かいました。
お父さんも休みなので 一応 お兄ちゃんも 保育園に はやめにお迎えにいき、旅券事務所で待ち合わせをしました。

私たちが先についたので 待っている間に 私の分の写真を撮って、そして レイナの写真のことについて 問い合わせることにしました。
ちょうど お父さんも着てくれたので 私はわりと身軽に動けました。

問い合わせの窓口も 結構込んでいて しばらく待ってから 順番になりました。

昨日、電話で問い合わせたということと レイナの診断書、そしてAlstrom症候群の子供が目を開けられない、遮光の眼鏡をしていることがわかる写真の載った紙、そしてレイナの写真。
そうすると 担当の人が 別の部屋に行き しばらくしたら 
『この 書類は いただけますか? 理由がわかりましたし、この書類を残しておく必要があるので。』
「いいですよ。こちらに提出するために 持って来ました」というと 心配していた レイナのパスポートも私たちと 同じ日にできることになりました。

あ〜、やれやれ・・・
これで 第一関門突破。

いろんな人に 「海外いくの 心配やわ〜と いうと
「行ったら なんとかなるって〜 と ほんまに さらりと言われる。
そんなこと 私でも わかってるって!って 思う。
でも 私が 本当に心配しているのは 英語がしゃべれないことではない。

こうやって なにかひとつするときに レイナの病気が 絡んでくる。
飛行機の中で 大きなてんかん発作が 起きたら??
時差があるぶん、薬がずれないようにしないと! ただの風邪薬とかとは 訳がちがう。
英語だって 日常会話なんかどうだっていい。
でも 会議では 医療英語のオンパレード。 パソコンの翻訳機能とかでも 医療英語は 訳されない、出てこないものが多い。

こんなこと 口に出したら 「じゃあ やめたら?行くの」と なるんやろうな。
日本で 病院探しして、名医といわれる人に見てもらったところで 「知らない」んやから 行くしかない。
日本で Alstrom症候群の最新の研究結果を知ることができるのは 私たちしかいないし、私たちしか 興味をもっていないんだから。

2007年2月19日(月)
併行通園クラス

ご機嫌で いきました。

みんなが集まるまでの間、 先生がだしておいて くださった ママゴトのおもちゃで 遊びました。
お片付けになっても やかんと コップが気にいって なかなか 放しませんでした。

その後は リズム遊びと 体育あそび。
随分 からだのバランスも 自分でとれるように なってきたかなって思いますと 先生は おっしゃってました。

このクラスとも 後何回かで 終わり。
保育園が 決まれば 保育園と視覚教室に通うつもり。
この併行通園は 視覚教室では あまりできない 体幹運動などを経験できたので よかった。

お母さんたちとも そろそろ お別れムードもでてきて 会話も いつも以上に弾みながら過ごしました。
10月から 仲間に入れてもらったので たった何ヶ月かだったけど また いっぱいお友達ができてよかった。


昼からは 区役所へ 戸籍謄本をあげにいった。
そう、パスポート。 私も 旧姓のまま ほったらかしなので 作らないといけない。

そこで 思い出したこと・・・
パスポートの写真の 厳しいこと!!
前髪が 目にかかったらいけないとか・・・ということは レイナの 遮光眼鏡は アウトなはず・・・
旅券事務所に電話で 確認すると 
『一応 めがねに色がついていても 黒目の色が変わらなかったらいいんですが・・・ でも 目が開けられないとなると・・・ 少々おまちください』
となって 5分後ぐらいに
『なにか 公的に証明できるもの、たとえば 障害者手帳とかは? それに証明されていれば こちらも 作るときに 記入できるので なんとか なるのですが』
「でも まだ 2歳で 障害者手帳は 3歳に申請予定なんで 今はないです。医師の診断書でいいですか?」
ときくと とりあえずは 写真の状態と その証明書によるということだったので、いそいで 眼科に電話した。
眼科の電話の受付時間は とっくに過ぎていたけれど パスポートが 1日でも早くできたほうが Sandraさんに迷惑がかからないし、 それに レイナの分だけ 別でまた いくなんて 時間がない。
そう思って 無理やり 先生と連絡を取り ちょうど 特定疾患の申請書などを記入しているところだから それをコピーしてだしてくださいと いってくださいました。
あ〜、よかった。

そのあと お兄ちゃんを迎えに行き 写真を撮りにいきました。
もちろん お兄ちゃんは 一発で 撮れました。
レイナは・・・ 4回目ぐらいに やっと 顔がまっすぐ向いている写真が取れましたが やはり あの眩しいフラッシュでは まったく目が開けられず、結局 写真屋さんも 2時間ぐらい がんばってくれたのですが 撮れませんでした。
写真屋さんも 『ふつう これぐらいの子供さんは こんなにしてたら 泣き出すのに どんどんご機嫌になって ふざけてきたね〜』と なるぐらいで
『もう この写真で 一回聞いてみて アカンかったら 代金は返すから』と いってくださいました。

夜は またまた Sandraさんからのメールが来ていて それの返事や パスポートの申請用紙を 向こうで書いていたら 子供たちがいるから大変なので 先に書いておいたり。
今日も気がつけば寝ようと思ったのは2時半でした。

2007年2月18日(日)
日曜日って・・・

日曜日・・・嫌い。

どこに出かけても人がいっぱいだし、家にいても ギャーギャーうるさいし・・・

お兄ちゃんには 朝から 英語のビデオを見させる。
レイナも歌のところは楽しそうにしているけれど わたしは ちっとも楽しくない。
もう一回見る?と 聞くと 「何回も見たらアホになるで」と お兄ちゃんに言われた。
普段、アニメとかのビデオを もう一回!と 言われると「アホになる!」と 言っていたばかりに、言い返された・・・
何回見ても アホはアホやと 気づいた・・・

英語は難しい・・・

2007年2月17日(土)
ダラダラモード

ここ 2,3日 興奮気味の私・・・
レイナの予定はなく お兄ちゃんは 午前中保育園ということもあって だらだら〜。
昼からも レイナと一緒に昼寝をして ダラダラ〜。

夜は また 辞書とパソコンに向かい 英語を訳そうとがんばるけれど なんせ辞書を引くにしても 時間がかかり、パソコンに 英語を打つにしても 時間がかかり・・・
行ってしまえば 英語も何とかなるか〜と 思う反面、会議の内容を 理解し 自分の聞きたいこと 知りたいことを まとめないといけないし・・・で、 今までの人生で 勉強なんてしたことないから やり方がわからん・・・
なんで 英語の国に生まれなかったんやろ〜。

2007年2月16日(金)
一時保育

今日も 機嫌よく 行きました。

リズム遊びでは お片づけになっても なかなか鈴を放さなかったそうです。
視覚教室でも リズム遊びのあと なかなか楽器を放さないことが 多い。
外遊びでは お兄ちゃんとお外で同じ時間に遊んでいたようで 少し一緒に遊んだそうです。

今日は 保育園で お昼寝以外 パンツで 過ごしました。
が・・・ レイナは パンツをはくと オシッコを我慢するみたいで 結局 朝から お迎えまで オシッコを一回もしていませんでした。
トイレには ちゃんと賢く座るそうなんですが・・・
お迎えに行って 帰りにトイレに誘いましたが いきませんでした。
そして 家に帰って 玄関で 『出た〜』と もう オムツでしていました。
パンツで オシッコはしたらアカンと 思っているのか おむつだったら ちゃんと何回かしているのに、 パンツだとやっぱりがまんしてるみたい。
トイレにすわると 力がはいって 出せないみたい。
力の抜き方を 教えるなんて 難しすぎる・・・

わたしは 今日は 朝から 昨日のSandraさんのメールを何度も読み返しては 泣いて、部屋中を 動物園の白熊のように ウロウロ歩き回っていました。
うれしくて ジッとしてられなくて・・・

昼からは 来月レイナの誕生日のプレゼントを買いにいきました。

2007年2月15日(木)
視覚教室

1週間ぶりの 視覚教室。

今日も お休みが多く 3人でした。

レイナの担当の先生は 他の曜日で レイナと同じ 網膜色素変性症の 子供さんの担当をしておられることもあり この間 勉強会などで いろいろな先生と話をされたそうで その情報もくださいました。
やはり 濃いほうの眼鏡をメインに使っていくことが いいということで 今までの薄いほうは 夜などに使うことにしました。
眼科の先生の話では 子供が 眼鏡のかけかえをすることは まだまだ難しく 外に行くときは 帽子を被るということぐらいで いいのでは ないか・・・と おっしゃっていたそうです。
もちろんそれは 実行しているけれど 夜や 夕方 濃い眼鏡のままでは 今度は 見えれていないような気がするし 室内でも夜なら 眼鏡ナシでも眼が開けられるから 薄い眼鏡は 使っていこうと思う。
そうすることで 眼鏡のかけかえも すこしずつ出来るように なるだろうし。

今日 した内容は 型はめと 本読み。
本読みは 書見台を使って 本の大きさや 絵の描いている範囲を確認し しっかり見ていくことや 触って確認できるように 加工してある本なので 指で さわって 確認したりということもしたそうです。
指でさわって 確認をしていくことは 将来 点字を学習するための 第一ステップで 木曜日のお友達(年中サン)は もう すこしずつ 点字の学習を始めていて いくつかは 読めるようになっています。

給食は 少し残していました。
デザートは みかんでした。 もちろん レイナは 食べませんでしたが みかんを触ること 剥くこと 一房ずつにわけることを 楽しみながらしたようです。



そして・・・
今日は うれし泣きが 止まりません。

ASI(Alstrom syndrome インターナショナル) のSandraさんから メールが来ました。
5月の会議に 費用の関係で いけないと言っていたのですが 航空券を3名分 負担してくださる方が いると メールをくれました。
そして ぜひ来てくださいって!!
嬉しくて うれしくて・・・
航空券3人分って、結構な金額。 他の 宿泊費や 食費などは自分でなんとかする!!
絶対に行くって、メールを送りました。

もう諦めていた、まだ 諦められないところもあった。
こうやって 私たち家族のために ASIの人や 費用を負担してくれるという人が いる。
日本で 私たちがまた 何かをしないといけない。
何かをするために 力を貸してくれる人が 日本以外にいる。
5月まで3ヶ月。
わたしは 眼鏡のサイドカバーを いくつか作って持っていくつもり。
世界中の Alstrom症候群の子供たちが 少しでも 外で遊ぶときに 眼が開けられるように。
がんばろう!!

これから 保育園に行きだしたり いろいろ忙しいけど がんばろ

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