わたし(レイナのおかあさん)のつぶやき

たくさんの出会いとたくさんのやさしさ
〜5th Alstrom International Family Conference〜


2007年 5月25日から29日まで Alstrom Syndrome International Family Conference
アメリカ テキサスのフォートワースで 開催されました。

世界中のAlstrom症候群の患者、家族、そして医者、研究者があつまり 専門的な内容とこれからについて いろいろな情報をみんなで共有していこうという会です。

今回は5回目の家族のあつまり。
患者は 50人。
そのなかで 日本の患者はレイナだけでした。

その日本からくる私たちのために たくさんの方が助けてくれました。

獣医で研究者の Aさん・・・彼は 空港に迎えにもきてくれて 会議の通訳、また 私のおしゃべりにも付き合ってくれました。ありがとう。

国際結婚でフォートワースに住んでいる Hさん・・・行く前から メールのやり取りをして いろんな情報をくれました。 空き時間には 洗濯物がかわかずに困っていると コインランドリーに連れて行ってくれたり 買い物に付き合ってくれました。
なにより 会議に出ている間は レイナの面倒をしっかり見てくれました。ありがとう。

Aちゃん・・・Hさんのお嬢さんで とっても日本語が上手な8歳の女の子。お兄ちゃんととっても仲良く、そして英語を話すお友達とお兄ちゃんが コミュニケーションをとるため いっぱい通訳してくれました。8歳にはとってもたいへんな仕事を最後まで笑顔でしてくれました。ありがとう。

Cさん・・・通訳のボランティアにきてくれました。もうすぐお母さんになるCさん。おおきなおなかで大変なのに 帰宅後も 会議の内容を訳し すぐ手渡してくれました。ありがとう。

Yさん・・・3人の子供さんのお母さん。通訳のボランティアに来て下さって レイナのために 貴重な日本のお菓子を持って来てくれました。ありがとう。

Kさん・・・白いごはんがなくて ご飯をたべないレイナをみて Hさんが 電話でおにぎりを作って!と 言ってくれて すぐにたくさんのおにぎりと煮豆を持って来てくれました。
このおにぎりでレイナは 笑顔で食事をすることができました。ありがとう。

アメリカに行くまでにもたくさんの方に助けていただきました。

数少ない患者の集まりに 素敵な「青いくじらの涙」の詩をもっていきたいという 私の希望を叶えるため 視覚教室の所長は 詩を英訳してくださる方を探して お願いしてくださいました。ありがとうございました。

見ず知らずの私たちのため、詩の英訳をしてくれる友人を探してくださったボランティアの方、そして 詩というとても 感情表現が難しい英訳を引き受けてくださった方。本当にありがとうございました。

サキパパ・サキママ・・・アメリカに行くための細かい手配を仕事の合間にしてくれたおかげで スムーズに往復することができました。ありがとう。

視覚教室のお母さんたち・・・「先生も誘ってみたら?」と言ってくれたMさん、その言葉がきっかけで 先生も一緒に行ってくれることになりました。 ASIのニュースレターの英文を読んでくれたYさん、より詳しく分かるようにと 知り合いに英訳を頼んでくださった Iさんいっぱいのお母さんの応援。行ってらっしゃいメールなど、本当にありがとう。

そして、誰よりも一番・・・一緒にアメリカへ行ってくださった 小児科のN先生
先生が一緒に行ってくださって レイナやそしてまだ日本にいるだろうAlstrom症候群の患者は 大きな一歩を踏み出すことができます。この会議直前まで仕事、日本に帰るとすぐ仕事・・・とただでさえ休む暇もないのに 貴重な時間をありがとうございます。それなのに 私に「いい経験をさせてもらった」と言ってくれる先生。
本当にありがとうございました。

それから、このサイトを見てくださる方の応援。ありがとうございます。

そしてテキサスで会ったたくさんのASI Family・・・ありがとう。

                                                           2007・5・31

感謝・感謝・感謝 本当に ありがとう


私はとっても 近所の人に良くしていただいています。
それは 本当に 本当に、 押し付けではない 心からのやさしさをいただいています。

先日、レイナの具合が悪いとき
Kさんは 『お豆 炊いたし、食べて。それとコレ レイナちゃんに
と 布で作ったボール(中に鈴入り)を わざわざ 手作りしてくださった。
コレは 外でレイナが遊んでいるとき ボールが手から離れると どこにいったかわからないから
ウロウロしていて 私が 外遊び用に ゴムのボールの中に鈴が入っているものを探してるって
話していた。 そうしたら、 『コレは外で 弾ませて遊べへんけど、家で遊んで』とくださった。

Yさんは、レイナが救急車で病院へ向かうとき、一緒に乗り込むお兄ちゃんの表情を気にしてくださって
『この、カブトムシ 今日みつけたし、お兄ちゃんにあげて』と持ってきてくださった。
ほとんどの人は まず「レイナちゃん大丈夫か?」から 聞いてくださる、でもYさんは
お兄ちゃんをちゃんと見ていてくれた。
それが 何よりうれしい。

Eさんは 『急に入院とかあったら いつでもお兄ちゃん  お父さんが帰ってくるまで あずかるよ』
って いつもいってくれる。
そして、今日は 朝から病院で 夕方に帰ってきたら
『今日、シチュー余ったし ご飯の準備まだやったら もらって〜』と・・・
たまたまとはいえ、帰宅が予定外に遅くなって 帰ってきたときにかぎって
「おなかすいた〜」の我が家の子供・・・ 助かりました。

Mさん『今日みたいに 保育園のお迎え 間に合いそうにないんやったら、どうせ うちの子迎えに行くし
帰ってくるまで あずかるで〜』って。

そして、みんな なぜか 助けてくださることが 重ならず その人だからっていう
やさしさを くれる。
きっと、どの人も 『私には何ができるんだろう』と真剣に、真剣に考えてくださった好意。
だから、どの人のやさしさにも『その人らしさ』があって 
そして、さりげなくて 押し付けがましくなくって
私も ほんとうにありがとうってこころから言える。

そして、そのことを話した
新聞の集金のおばちゃん、『それは、あんたががんばってる姿や なにより あんたの人柄やわ。
わたしも あんたの笑顔すきやで』と・・・
ありがとう。
また、がんばり過ぎないように がんばります。

私たちの周りには とっても素敵なひとがいっぱいです

いつも 本当にありがとう

風になった 王子


レイナのお友達が 風になりました。
今日の天気予報は 雨でした。  でも、雨は降らなかった。
きっと、 王子が迷子にならないように 王子がお空に辿り着くまで 雨は待っていてくれたのかも・・・

『王子が レイナのこと守ってくれるよ・・・これからも。いつも元気をありがとう。』
『何の覚悟もないままやったから・・・』と 王子のママは言葉も 涙も少ない。
そう、あまりにも突然の悲しみは 涙すらでないよね・・・頭がどんな感情をだせばいいかわからなくなる。

私たちと王子たちの出会いは 突然・・・でも、自然な出会いだったよね。
でも、この別れは突然すぎる。 別れが突然なのは、知っている。
今日じゃなくても・・・ね、王子。
王子の お家に遊びにも行ってないし、王子が歩くようになったら レイナと写真とろうって
ずーっと、思ってたんだけど・・・

王子は 窓際で、私と王子ママが話しているのをジーっと聞いてたよね。
きっと、「うるさいぐらいしゃべってる」って 思ってたでしょう。
看護師さんに『王子のママと、レイナママは 同じニオイがする!!』って言われて
もちろん、王子ママも、私も きっと 王子も思ったでしょうね。

王子、いつか またあなたのママと あの時のように窓際でお話ができる日が来るかな。
あなたのママが、ひとりで泣いたり 笑ったりしていたら そっと風になって教えてね。
そして、あの時のように 窓際で話せる日がきたら
王子もあの時のように 聞いていてね。

王子 ありがとう。
あなたのママに出会えたのは、あなたがいたから。
そして、あなたは最高のママに愛されていたんだね。
王子、あなたのことは 忘れない。

2006.6.30 

ホームページの見やすさ・見にくさ

見やすい、見にくい・・・眼が見える人にとっては、デザインだったり、画像がきれいだとか
そんな単純なことだったりする。
でも、眼の見えにくい人にとってこのreireiは、とても見えにくいページのはずです。
本当は、黒っぽい背景に白っぽい文字がとてもわかりやすく そして行間はもう少し開いていて
文字ももう少し大きいほうが、見えやすいはずなんです。
手が不自由な人には、できるだけ マウスなどを動かさなくても ページ移動ができるほうが見やすいことも。
その前に、ちょいちょいでてくる 関西弁をなんとかしろよ・・・と自分でも思ったり。
(でも、言葉のニュアンスを大事にしたいんです。変なこだわり・・・

わかっているなら、そうすればいいって 思うでしょう・・・
でも、人間とは不思議なもので 色で感情が変わってしまうことが多々ある。
私はホームページを開設するにあたって、いろいろなかたのページを見ました。
どうしても、背景が暗い色だと どんなに明るい話題も ちょっとダークに感じるし、
重たい内容のものも、鮮やかな色や画像で内容はとても明るく前向きに感じる。

ホームページを開設することでさえ 本当は悩みました。
『がんばってるね』って言ってくれる人もいるだろう・・・でも、『不幸やって、かわいそうって言って欲しいの?』
って思う人もいるだろう・・・でも、私達はまだ不幸とは感じたことがないし 
たくさんの人にAlstrom症候群を知って欲しい、その気持ちで今までのことを見たまま、感じたまま、素直にと
作っています。
わたしのこと知っている人ならたぶん、『これ、ほんまにあんたが作ってんの??あの、アホが?
とか、「あの 普段のアホなしゃべりはどこいった?」って思われるほどの人間です。

だから、reireiを見て ダークな気持ちになる人がいて欲しくないので だからといって
趣味のページではないので、こんなカンジです。

いつか、もう少し時間ができたら このページをそのまま 背景を暗くしたタイプも作りたいと思っています。
(いつになることやら・・・)

障害者自立支援法

正直、『将来、レイナもこの支援法のことで、困ったり泣いたりせなあかんのかなあ・・・』
なんて 感じながらニュースを見ていました。
でも・・・
将来じゃなかった。 今、目の前にある問題でした。
レイナが利用させていただいている 視覚教室。この教室の利用は、いわゆる『デイサービス』
今回、利用料金などは この、障害者自立支援法が施行されるまえと変わらない料金でサービスが
受けられることになっています。  が、いつ変わるかわかりません。
実際、一回教室に通うと200円と給食費280円、ほか教材費通園回数により、1ヶ月100円程で利用させていただいていますが、この料金も、2006年10月からは未定です。
国は、もっと料金を負担させてもいいといっているそうです。
もちろん、利用させてもらっているのだから 利用負担金がかかるのは理解できます。
でも、多かれ少なかれ ハンディのある子どもが、生きていくために必要な知識、知恵を学ぶということは
当たり前のこと。そして 親としては義務教育以上に必要な教室、サービスだと思い通わせていただいています。だからといって、国は給食費などは 一回700円ほどもらってもいいですよっていっているそうです。
義務教育の小学校の給食費は1ヶ月いくらでしょうか? 比べてみてください・・・どんなに馬鹿げているか。
まだ、レイナは小さいから今はいいけど 今 現実に24時間ヘルパーさんが必要な人もいる。
その人たちの本当の生活を この障害者自立支援法を作った人は
日本中の利用者の生活を歩き回って見聞きするべきだと思う。
机の上で、お金の計算してややこしい文章で説明して・・・そんなことしている人が作る自立支援法なんていらない。
いま、本当に自立して支援をして欲しい人が作るべきだと思う。

人って あたたかい

 私は まったく英語がわかりません。自慢できるぐらいわかりません。
でも、がんばった。アメリカに 英語でメールを送った。(もちろんパソコンの翻訳機能使いまくった)
すぐ、メールが帰ってきた! しかも 英語がわからないって書いたから、日本語で。(でも、よくわからん日本語) きっと、私の英語も「よくわからん!」って思ってたんだろうと想像すると
楽しい、うれしい。
言葉じゃないんだ。 気持ちなんだ。 同じものを見つめる人同士、伝わる。
そして、 次は カナダからメール。しかも ものすごくきれいな日本語。
私は 日本在住のどこの国の人かは知らないが英語を翻訳してくれるという人にメールを送る。
そのメールは カナダに届く。
みんな、直接話したことはない。でも、心の奥にある気持ちは 同じだとわかる。
人にうまれてよかった。
そして 英語が話せなくてよかったのかも。
素直な気持ちになって 相手に伝えられるから。
もしかしたら 正確に相手には伝わっていないかもしれないけれど。
まず、自分に 素直になれるから。

善魔という言葉
新聞の投稿欄で見た言葉です。悪魔ではなく善魔。
「あなたのためをおもって・・・」とか「心配だから・・・」「親切心から・・・」と
善意の気持ちからかけてもらった言葉、かけた言葉が 相手を追い込んでいることがある・・・
この善魔という言葉。言葉をどう受け止めるかによって、『ありがとう』にも、『言われなくてもわかっている』
にもかわる人の気持ち。 本当に、実感している。
わたし自身、アドバイスをしてもらうことも、することもある。本当に難しい。
親切心から言っていると思って、実際相手を 思いやっていても 負担になることがある。
実際 わたしも負担だと感じることがもあるし、素直にありがとうが言えることもある。
言葉って、難しい。

いつも、胸にある言葉
施して報いを望まず、施されて恩を忘れず
中国の古い言葉です。
人は 一人でなんでもできるようで、できない。その時、そっと手を差し伸べる。あたりまえのこと。
それを忘れて、「してあげたのに」とか「助けてもらって当たり前」と思ってはいけない。
いろんなことがあって、人のやさしさに触れる事が多く、またやさしくなれる。
そして、生きていることに感謝できる。

物事のとらえかた

「病気 治るんやろ?」 『治らへんよ』
「えぇ〜 でもさ〜 今は元気なんやろ?」  『今は元気やで』
「病院も もうそんなに行かんでいいんやろ?」  『ん〜 週2回は なんやかんや行かなあかんなあ・・・』
「なんで?」 『なんでって・・・ 病気やし』
こんな会話は しょっちゅうです。 文字では解りにくいですが、かなり明るいトーンでの会話。
「なんで?」って聞かんといて・・・ だって必要なんやもん。
そら、病院いくって 普段健康なら《病気を治すため》かもね。
でも そうじゃない通院があるんだって 頭ではみんな解ってる。でもこんな時こういう会話になる。

「大学病院なんかいったらモルモット状態っていうやん」・・・それはどんなところからの情報?
あなたは医療をどのようにとらえているの?

「どこが 悪いの?」 『心臓やけど』
「手術すんの?」 『できひんタイプの心臓病やねん』
「知ってる人 手術して亡くならはってん。手術はせんほうがいいで」 『・・・』
手術がいいとか、悪いとか そんなんが基準じゃないねん・・・

解ってほしいわけじゃない。だから、言わない。
でも、あなたにとっての普通は 私たちにとっての普通じゃない
だから 私たちにとっての普通が あなたにとっての普通じゃないことに
疑問をもつことは当たり前やしね。

でも 知ってるねん。 こうやって、私に言葉で表現する人は
本当に 心から心配してくれている人だって。